「そろそろ退院を」と言われる理由——入院の値段は、日数と病棟で決まっている

ワクチンの制度について、これまで3本書いてきました。 同じ国で3倍の差——HPVワクチンを「打つ・打たない」の前に知ってほしいこと 帯状疱疹ワクチン、公費で打てるのは「決まった1年度」だけ——年齢の下1桁で確かめる 肺炎球菌ワクチン、公費の機会は「65歳の1年間」だけ——新しいワクチンに変わっても、経過措置は設けられなかった 今回は、ワクチンから離れて入院の話です。 あるYouTubeのライブ配信(リベシティ)で、病院の話題が取り上げられました。コメント欄には、医療・介護の現場で働く方や、家族の入院を経験した方から、たくさんの声が寄せられていました。 「急性期の病院から早く出てと言われたのに、次の病院がなかなか見つからなかった」 「退院支援の仕事をしている。病院の収益も気にしつつ、患者さんと家族が安心して退院できるようにしたいが、なかなか難しい」 「看護師が足りず、病床を減らすしかない。満床で受け入れられないこともあるのに、『病院は診てくれない』と言われる」 「親の介護を一人で担い、仕事を辞めたり時間を短くしたりした人が周りに何人もいる。『入院させてくれたらいいのに』と言っていたが、そういうことだったのか」 (いずれもコメントの趣旨を筆者がまとめたものです) 「退院をせかされる」——入院した本人や家族にとって、これはとてもつらい体験です。ただ、その背景には、病院が個別に意地悪をしているのではなく、国が決めた値段のつけ方があります。 この記事では、その仕組みを3つに分けて整理します。 入院の値段は、日数が進むと下がるように作られている 病棟ごとに役割があり、日数のしばりがある 退院してすぐ戻ると、日数のカウントはリセットされない そのうえで、この仕組みが2000年からどう作られてきたか、そしていま何が起きているか(病床を減らす支援)を見ていきます。 1. そもそも、入院の値段は誰が決めているのか 保険診療の値段は、診療報酬と呼ばれる全国共通の公定価格です。「点数」で表され、1点=10円。同じ治療なら、どの病院で受けても値段は同じです。 この値段は2年に1度見直されます(診療報酬改定)。そして、全体を何%上げるか下げるか(改定率)は、内閣が予算編成の中で決めます。個別の点数の配分は、厚生労働大臣が中央社会保険医療協議会(中医協)の議論を踏まえて決めます。 ここで大事なのは、病院は自分で値段をつけられないということです。 一般のお店なら、手間がかかるサービスには高い値段をつけられます。病院はそれができません。決められた値段の中で、人件費も、薬も、光熱費もまかなう必要があります。ライブでの「保険診療だと点数に上限があるので、稼ぐにも限りがある」という話は、この意味です。 2. 入院の値段は、日数が進むと下がる 例1:一般的な急性期病棟 手術や救急を担う一般的な急性期病棟の入院料(急性期一般入院料1)を例にします。2026年6月からの点数表では、1日あたり1,874点。これに、入院した日数に応じた加算がつきます。 入院した日数 1日あたりの点数 金額にすると 1〜14日目 2,324点(1,874+450) 約2万3,000円 15〜30日目 2,066点(1,874+192) 約2万1,000円 31日目以降 1,874点 約1万9,000円 31日目以降は、最初の2週間より約2割低い値段になります。金額にすると、1日あたり約4,500円の差です。 ※ 入院料の部分だけの計算です。実際には、検査・手術・薬・食事などが別に加わります。また、患者さんが窓口で払う金額は、高額療養費制度で上限がかかるため、この差がそのまま自己負担に表れるわけではありません(高額療養費の記事)。 例2:DPC(1日あたりの定額払い) 大きな急性期病院の多くは、DPCという別の仕組みで計算しています。病名と治療内容ごとに「1日あたりの定額」が決まっている方式で、2003年4月に82の特定機能病院(大学病院など)で始まりました。 厚生労働省の資料では、2026年6月時点の見込みで1,686病院・約47万床。急性期の病床の**約83%**がこの方式です。 DPCの1日あたりの点数は、3段階に設定されています。 入院期間Ⅰ:入院初期。1日あたりの点数が高い 入院期間Ⅱ:その病気の標準的な入院日数まで。点数は下がる 入院期間Ⅲ:それを超えた期間。点数はさらに下がる それも超えると、定額ではなく、行った医療ごとに計算する方式(出来高)に切り替わる 入院初期ほど検査や治療に手間とお金がかかるので、その時期を厚く評価する——という考え方です。裏返すと、標準的な日数を超えて入院が続くと、1日あたりの収入は下がっていきます。 「定額」だから起きること コメント欄に、こんな声もありました。 「包括制度で、入院中にどれだけ治療や検査をしても国からもらえる金額は定額なので、入院患者には持ち出しが少ないジェネリックを使っていた」 これは仕組みどおりの話です。定額の中に薬代も含まれているので、同じ効果の薬なら安いほうを使うほど、病院の持ち出しは減ります。 たとえば緩和ケア病棟では、入院中に使う薬の費用は、原則として緩和ケア病棟の入院料に含まれると定められています(退院後に使う薬など、一部は別に計算できます)。 「入院すればするほど赤字」は本当か コメントには「保険点数が決まっているなら、入院すればするほど病院が赤字になりますよね」という声もありました。 これは半分正しく、半分は違います。 正しい部分:日数が進むと1日あたりの値段が下がるので、長くなるほど、1日あたりの採算は厳しくなります 違う部分:1日目から赤字というわけではありません。また、病院にとってはベッドが空いていることも大きな損失です。空いたベッドからは1円も入らないのに、看護師の人件費はかかり続けるからです つまり病院は、「長く入院してほしくない」と「ベッドを空けたくない」を同時に抱えています。急性期の病院が「次の患者さんを受け入れるためにベッドを空けてほしい」と言うのは、この2つを両立させようとしている姿でもあります。 3. 病棟ごとの役割と、日数のしばり 「病院」とひとくくりにされがちですが、病院の中は役割の違う病棟に分かれています。そして病棟ごとに、入院料の種類と日数のしばりが違います。 病棟 主な役割 日数のしばり 急性期一般病棟 手術・救急など、病気の始まりの治療 病棟全体の平均在院日数が16日以内(入院料1の場合) 地域包括医療病棟 高齢者の救急を受け、治療とリハビリを並行 病棟全体の平均在院日数が原則20日以内(85歳以上の割合で延長あり) 地域包括ケア病棟 急性期のあと、自宅に戻る準備をする 1人60日まで 回復期リハビリテーション病棟 脳卒中・骨折などのあとの集中リハビリ 病気・状態ごとに上限日数(最も長い区分で180日) 緩和ケア病棟 がんなどのつらい症状を和らげる 上限なし。ただし30日・60日の区切りで値段が下がる ※ 2026年度改定の点数表・改定資料より筆者作成。地域包括医療病棟は2024年度に新設された病棟です。 ...

October 1, 2026 · 2 min

肺炎球菌ワクチン、公費の機会は「65歳の1年間」だけ——新しいワクチンに変わっても、経過措置は設けられなかった

ワクチンの制度について、これまで2本書いてきました。 同じ国で3倍の差——HPVワクチンを「打つ・打たない」の前に知ってほしいこと 帯状疱疹ワクチン、公費で打てるのは「決まった1年度」だけ——年齢の下1桁で確かめる 共通していたのは、「推奨されている」ことと「公費で打てる」ことは別物だという点です。 3本目は、高齢者の肺炎球菌ワクチンです。このワクチンは2026年4月に、使うワクチンそのものが新しいものに切り替わりました。 ところが、その切り替えにあたって国が決めたことがあります。 66歳以上の方に向けた経過措置は、設けない。 帯状疱疹ワクチンには、65歳を過ぎた方にも1回ずつ機会をつくる経過措置がありました。肺炎球菌では、新しいワクチンが入っても、それがありません。この記事では、その経緯と、いま65歳前後の方が知っておくべきことを整理します。 1. 肺炎と肺炎球菌 まず、相手の大きさから。 厚生労働省のリーフレットによると、肺炎は日本の死亡原因の第5位です。そして成人の肺炎の約2〜3割は、肺炎球菌という細菌が原因とする報告があります。 肺炎球菌は肺炎だけでなく、血液の中に細菌が回ってしまう敗血症など、重い感染症の原因にもなります。細菌が本来いないはずの血液や髄液から見つかる状態を「侵襲性肺炎球菌感染症」と呼び、命に関わることがあります。 2. 2026年4月に、ワクチンが変わった これまで定期接種で使われてきたのは「23価」と呼ばれるワクチン(PPSV23)でした。2026年4月から、「20価」の新しいワクチン(PCV20)に切り替わっています。 数字が23から20に減っているので、「対象が減って弱くなったのでは」と思われるかもしれません。そうではありません。 これまで(PPSV23) 2026年4月から(PCV20) 種類 莢膜ポリサッカライドワクチン 結合型ワクチン 対象とする型の数 23種類 20種類 接種 1回 1回(筋肉注射) 肺炎球菌には100種類以上の型があります。数の多さより大事なのは、免疫のつき方です。新しいワクチンは「結合型」と呼ばれるタイプで、厚生労働省は変更の理由として、免疫を得る仕組みが異なり、より高い有効性が期待できること、そして成人の重い感染症に関わる型をカバーする割合はおおむね同等であることを挙げています。 効果は次のように説明されています。 対象の20種類の型は、成人の侵襲性肺炎球菌感染症の原因の約5〜6割を占める 型に関係なく見た侵襲性肺炎球菌感染症全体を、約3〜4割予防する効果があるという研究結果がある すべての肺炎を防げるわけではありません。 肺炎の原因は肺炎球菌だけではなく、肺炎球菌の中にもワクチンが対象としない型があります。それでも、重い感染症の一部を確実に減らせるワクチンです。 副反応は、厚生労働省のページでこう示されています。 主な副反応 割合 接種部位の痛み・押したときの痛み 59.6% 筋肉痛 38.2% 疲労 30.3% 頭痛 21.7% 関節痛 11.6% 3. 公費の機会は「65歳の1年間」、生涯1回だけ ここが本題です。 定期接種の対象は、次の方です。 65歳の方 60〜64歳で、心臓・腎臓・呼吸器の機能に障害があり身の回りの生活を極度に制限される方、またはHIVにより免疫の機能に障害があり日常生活がほとんど不可能な方 そして、厚生労働省のリーフレットにはこう明記されています。 定期接種は生涯で1回のみ。定期接種の機会は65歳の1年間です。 帯状疱疹とは「1年間」の数え方が違う ひとつ注意してほしいのが、期間の区切り方です。 帯状疱疹 肺炎球菌 対象 年度内に65歳を迎える方 接種日に65歳の方 期間の区切り 年度(4月〜翌3月) 65歳の誕生日を基準にした1年間 たとえば横浜市は「接種日現在で65歳の方」を対象としています。つまり肺炎球菌は、65歳の誕生日から、66歳の誕生日を迎えるまでの1年間です(正確な最終日は自治体に確認してください)。 ...

October 1, 2026 · 1 min

帯状疱疹ワクチン、公費で打てるのは「決まった1年度」だけ——年齢の下1桁で確かめる

先日、HPVワクチンについての記事を書きました。そのとき気づいたのは、「推奨されている」ことと「公費で打てる」ことは、まったく別の話だということでした。 → 同じ国で3倍の差——HPVワクチンを「打つ・打たない」の前に知ってほしいこと 今回はその続きとして、帯状疱疹ワクチンを取り上げます。2025年度から、65歳の方などを対象に公費で受けられる定期接種になりました。 ただし、ここに落とし穴があります。 公費で打てるのは、生まれ年ごとに決まった「1年度」だけです。その年度を逃すと、今の制度では二度目の機会はありません。 そして、自分の年度がいつなのかは、**今年度に迎える年齢の「下1桁」**で確かめられます。この記事ではその見分け方と、2種類あるワクチンの違い、お金の話、そして「もしかかったら」を整理します。 1. 帯状疱疹は、どれくらい身近な病気か 帯状疱疹は、子どもの頃にかかった水ぼうそうのウイルスが、体の神経の中に何十年も潜み続け、免疫が落ちたときに再び暴れ出す病気です。体の左右どちらかに、帯のように痛みを伴う水ぶくれが出ます。 身近さを数字で見ます。 80歳までに、3人に1人が帯状疱疹を経験すると推定されています 85歳の人の約半数が、帯状疱疹にかかったことがあるという報告があります 発症が最も多いのは70歳代です そして、増えています。宮崎県で長年続けられている大規模調査では、帯状疱疹の患者数は1997年の4,243人から2017年には6,555人へ、54.5%増えました。人口あたりの発生率でみても、1,000人あたり年3.61人(1997年)から6.50人(2020年)へと、およそ1.8倍になっています。 怖いのは、治った後に残る痛み 帯状疱疹で本当に厄介なのは、皮膚が治った後も痛みが続く帯状疱疹後神経痛です。報告によって幅がありますが、帯状疱疹になった人の1〜5割に起こるとされています。 50歳以上を対象にした国内の調査では、帯状疱疹になった人の**19.7%**がこの神経痛に移行していました。年齢別に見ると、60歳代で13.6%、80歳代では32.9%。年を取るほど、残りやすくなります。 緩和ケアに携わる医師として言うと、神経の痛みは、普通の痛み止めが効きにくいことがあります。防げるなら防いだほうがいい痛みの代表だと思っています。 2. 公費で打てるのは「決まった1年度」だけ ここが本題です。 定期接種の対象は、次のとおりです(厚生労働省の説明書による)。 年度内に65歳を迎える方(今後もずっと続く枠) 経過措置として、2025年度から2029年度までの5年間、その年度内に70・75・80・85・90・95・100歳になる方 60〜64歳で、HIVにより免疫の機能に重い障害がある方 経過措置は5歳刻みで、5年間だけです。これを年齢ごとに計算すると、65歳以上の方は全員、生まれ年ごとに「1年度だけ」公費の機会があることになります。その年度を逃すと、次の区切りの年齢になるころには経過措置が終わっています。 年齢の下1桁で確かめる 今年度(2026年4月〜2027年3月)の間に迎える年齢で見てください。65歳以上の方は、下1桁でこうなります。 今年度に迎える年齢の下1桁 例 あなたの公費の年度 0・5 65、70、75、80歳 今年度(2027年3月末まで) 4・9 69、74、79歳 来年度(2027年度) 3・8 68、73、78歳 2028年度 2・7 67、72、77歳 2029年度(経過措置の最終年度) 1・6 66、71、76歳 2025年度で終了(今の制度では公費の機会はもうありません) 64歳以下の方は、65歳を迎える年度が対象になります。 いちばん注意してほしいのは、下1桁が0か5の方です。今年度が、あなたの唯一の年度です。そして下1桁が1か6の方は、昨年度(2025年度)が対象でした。ご存じなかった方もいると思います。 (この表は、国の定めた対象年齢から筆者が計算したものです。ご自身が対象かどうかは、必ずお住まいの市区町村で確認してください。) 「年度内」の落とし穴 もうひとつ、見落としやすい点があります。 接種できる期間は、年度の中で区切られています。 しかも自治体によって開始日が違います。たとえば横浜市の2026年度の接種期間は、2026年7月1日〜2027年3月31日です。そして「実施期間を過ぎると、この金額(または無料)で接種を受けることができなくなります」と明記されています。 さらに、後で説明する組換えワクチンは2か月以上空けて2回打つものです。年度末ぎりぎりに1回目を打つと、2回目が年度をまたいでしまいます。その場合の扱いは自治体に確認が必要ですが、対象年度だと分かったら、早めに動くのが安全です。 3. 2種類のワクチン、何が違うのか 帯状疱疹ワクチンは2種類あり、定期接種ではどちらかを選べます。 生ワクチン 組換えワクチン 回数 1回(皮下注射) 2回(筋肉注射・2か月以上空ける) 予防効果(接種1年後) 6割程度 9割以上 予防効果(5年後) 4割程度 9割程度 予防効果(10年後) ― 7割程度 帯状疱疹後神経痛への効果(3年後) 6割程度 9割以上 免疫が落ちている人 接種できない 接種できる 効果の高さと持ちの良さでは、組換えワクチンが明らかに上です。ただし代わりに、副反応が出やすく、2回打つ必要があり、自己負担も高くなります。 ...

September 25, 2026 · 1 min

同じ国で3倍の差——HPVワクチンを「打つ・打たない」の前に知ってほしいこと

がん保険に入っても、がんにならずに済むわけではありません。保険が備えるのは「かかった後のお金」であって、「かからないこと」ではないからです。 では、がんそのものを防ぐ手段はあるのか。 ほとんどのがんについて、答えは「決定打はない」です。ただしごく少数、ワクチンで原因そのものを減らせるがんがあります。子宮頸がんは、その代表です。 この記事では、そのHPVワクチンについて書きます。ただし「打ちましょう」と勧める記事ではありません。打つか打たないかを決める前に、知られていない事実がいくつもある——そちらを整理します。 なかでも中心に置きたいのは、最近公表された都道府県別の接種率です。同じ国の同じ制度なのに、最も高い県と低い県で約3倍の差がついていました。 はじめに:筆者の立場を明示します 私は乳腺外科と緩和ケアを専門とする医師で、婦人科医ではありません。子宮頸がんの診療そのものは専門外です。 それでもこのテーマを書くのは、「予防でがんを減らす」という点で共通の土俵に立っているからです。乳がんの検診も、早期発見によって重い治療を減らすための営みです。専門領域の臨床判断には踏み込まず、制度と数字の読み方に絞って書きます。 もうひとつ、あらかじめ申し上げます。この記事は誰も説得しに行きません。 HPVワクチンは、推進と反対が激しくぶつかってきたテーマです。どちらかの陣営に立って相手を論破する文章は、すでに世の中にたくさんあります。私が書きたいのはそこではありません。判断に必要な材料と、判断した後に使える制度を置いて終わります。 マクロ:この病気は、どれくらい重いのか まず、防ごうとしている相手の大きさを確認します。 子宮頸がんは日本で年間およそ1.1万人がかかり、約2,900人が亡くなっています。そして見逃せないのが、30歳代までに、がんの治療で子宮を失う(妊娠できなくなる)人が年間およそ1,000人いることです。 生涯でどれくらいの確率かという形にすると、こうなります。 指標 数値 分かりやすく言うと 一生のうちに子宮頸がんになる人 1万人あたり132人 約4クラスに1人 子宮頸がんで亡くなる人 1万人あたり34人 約15クラスに1人 (1クラスに女子が20人いるものとして計算しています。実際の人数は学校や学年によって違いますが、桁の感覚をつかむための目安です。) 「1万人あたり132人」と言われてもピンときませんが、「4クラスに1人」と言われると景色が変わります。同じ数字でも、見せ方で受ける印象はまったく違う——これは後で大事になるので、覚えておいてください。 ワクチンで、どこまで防げるのか 子宮頸がんの原因はHPV(ヒトパピローマウイルス)というウイルスの感染です。多くは自然に消えますが、一部の人で感染が続き、前がん病変を経てがんになります。感染した後で誰ががんになるのかは、今のところ分かっていません。だから「感染そのものを防ぐ」ことが手段になります。 現在使われているワクチンの効果は、防げるHPVの型の範囲で決まります。 ワクチン 防げる型 子宮頸がんの原因のうち 2価・4価 HPV16型・18型 50〜70% 9価(シルガード9) 上記+5種類 80〜90% 100%ではありません。打っても残る分があるということです。この点は後半でもう一度触れます。 ミクロ:集団の期待値は、当たった個人の慰めにならない ここからが、この記事でいちばん書きたかったことです。 上に並べた数字は、すべて集団の話です。「1万人に打てば、これだけ減る」という計算であって、「あなたが打てば得をする」という意味ではありません。 ワクチンには副反応があります。頻度を正確に書きます。 頻度 症状 50%以上 接種部位の痛み・赤み・腫れ、疲労 10〜50%未満 かゆみ、腹痛、筋肉痛、関節痛、頭痛など 1〜10%未満 じんましん、めまい、発熱など まれ 重いアレルギー症状、神経系の症状 ほとんどは注射部位の痛みで、それは多くのワクチンに共通するものです。しかし「まれ」に分類される重い症状は、確率が低いというだけで、起きないという意味ではありません。 そして——ここが大事なところです。 実際に重い症状が起きた人にとって、「1万人あたり何人」という数字は、何の慰めにもなりません。 その人にとって起きたことは100%です。集団としての期待値がプラスであることと、目の前のその人に起きた出来事は、まったく別の次元にあります。「打つべきではなかった」と感じるのは、極めて自然な感情だと私は思います。 医療者の中には、こうした感情を「誤解」や「不安」として扱い、正しい情報を与えれば解消されるはずだ、と考える人もいます。私はそこには与しません。感情を病理として扱った瞬間に、対話は終わります。 マクロの推奨は正しい。かつ、不利益を受けた個人が「やるべきでなかった」と思うのも正しい。この二つは同時に成り立ちます。 矛盾しているように見えるのは、統計と個人が別の論理で動いているからです。 男性も打てます——ただし、自費です 意外に知られていませんが、HPVワクチンは男性も接種できます。 HPVが関わるのは子宮頸がんだけではありません。男性では中咽頭がん・肛門がん・陰茎がんが関連します。とくに中咽頭がんは、日本の報告で患者のおよそ55%がHPVに関連していました(p16陽性1,113例に対し陰性893例)。 日本でも、4価ワクチンが2020年12月に9歳以上の男性へ、9価ワクチンが2025年8月に男性へと、それぞれ承認が広がっています。 ただし、ここに大きな段差があります。 女子は定期接種(小6〜高1相当)。男性は定期接種の対象外=全額自己負担。 費用は4価3回で5〜6万円程度、9価3回で8〜9万円程度です(東京都の記載による)。同じ学年の男女で、片方は公費、片方は数万円の自腹ということになります。 そして認知度も、数字で出ています。ある調査では、**「男性もHPVワクチンを接種できる」ことを知っていた保護者は39.4%**でした。裏を返せば、6割は知らないということです。 なお日本で承認されている男性への効能は、肛門がんとその前駆病変、そして尖圭コンジローマです。中咽頭がんへの予防効果も期待されていますが、現時点で承認された効能には含まれていません。 地域差①:女性の接種率が、3倍違う ここから本題です。 ...

September 14, 2026 · 2 min