「AIが発達したら、医師は必要なくなるのか」

この問いを、医療者なら一度は考えたことがあるでしょう。答えは単純ではありませんが、腫瘍内科医・緩和ケア医という立場から考えると、少し違う景色が見えてきます。

筆者は地方病院で乳がんの診断と緩和ケアを担当しています。日々の業務でも生成AIを活用し始めている一人として、「代替されるもの」と「代替されないもの」が少しずつ見えてきた気がします。


AIが得意なこと——正直に認める

まずAIが得意なことを認めるところから始めましょう。

  • 標準治療の提示:ガイドラインに基づくレジメン選択・薬剤情報の整理
  • 有害事象の予測:蓄積されたデータから副作用リスクを推定
  • 画像・病理の補助診断:パターン認識における高い精度
  • 文書業務:サマリー作成・退院時書類・紹介状の下書き
  • 情報収集:最新の臨床試験・論文のまとめ

実際、こうした作業の一部をAIに任せると、かなりの時間を節約できます。

「AIに仕事を奪われる」というより、「AIが雑務を引き受けてくれる」というイメージが近い。その分、本来の仕事——患者と向き合うこと——に時間が使えます。


AIが苦手なこと——「正解が定義しきれない問い」

では、AIが苦手なこととは何か。

一言でいえば、**「正解が定義しきれない問い」**です。

AIが得意 AIが苦手
ガイドラインに則った判断 ガイドライン逸脱症例への対応
統計的な平均値の提示 目の前の患者の個別性への対応
テキスト・画像の処理 非言語コミュニケーション
一貫したアルゴリズムの実行 価値観が異なる人々の調整

標準的な乳がんの術後ホルモン療法を選択する場面なら、AIは非常に有能です。ガイドラインと患者背景を照合して、妥当な選択肢を提示することができる。

しかし、「高齢で認知機能が低下しつつある患者さんに、積極的な化学療法を続けるべきか」という問いはどうでしょう。

  • 患者本人の以前の意思表示
  • 家族の意向と相互のずれ
  • 現在の苦痛の程度と予後の予測
  • 主治医との長年の関係性

これらを総合して「その人にとっての正解」を探すのは、アルゴリズムでは処理できません。正解そのものが、その人の価値観によって変わるからです。


緩和ケアは「例外の連続」

標準治療のフェーズでも個別性は重要ですが、緩和ケアに移行すると、その個別性はさらに際立ちます。

緩和ケアとは、病気を治すのではなく、苦痛を和らげ、その人らしく生きることを支える医療です。

このフェーズで遭遇する問いは、ほぼ全てが「例外」です。

  • 「痛み止めの量は十分なのに、苦しそうな表情が消えない。何が起きているのか」
  • 「余命をどのタイミングで、誰が、どのように伝えるか」
  • 「患者さんは自宅に帰りたいと言っている。しかし家族は病院での看取りを希望している」
  • 「意思決定ができない状態になった患者さんに、何が最善か」

これらは全て、「教科書の正解」が存在しない問いです。蓄積されたエビデンスが参考になることはありますが、目の前の患者さんが生きてきた文脈は、過去のデータには存在しません。

緩和ケアは、正解のない問いに繰り返し向き合う仕事です。だからこそ「例外の連続」と言えます。


「構造としてのAI」と「実存としての医師」

AIを医療に取り込むとき、陥りやすい危険があります。それは、AIに「実存」を仮託してしまうことです。

「このAIが言うなら正しいだろう」「AIが判断してくれた」——こうした姿勢は、AIを単なるツールから「責任を持つ存在」に変えてしまいます。

しかし生成AIは、アルゴリズム・統計・最適化からなる**「構造」**の存在です。苦しみも責任も持たず、患者の人生に関わりません。

一方、医師は**「実存」**として患者と向き合います。患者の苦しみを前にして動揺し、家族の悲嘆に心を痛め、診断と治療の結果に責任を負います。

EBMやガイドラインとの向き合い方も同じです。エビデンスは「構造」であり、それをどう使うかの判断と責任は医師が引き受ける。AIとの関係も、本質的には変わりません。

AIリテラシーの本質は「使いこなす能力」というよりは、AIを最後まで「ツール」として扱い続ける能力だと思います。


将来の緩和ケア医・腫瘍内科医の姿

AIが普及した未来では、腫瘍内科医・緩和ケア医は「困難な意思決定を支援する伴走者」としての性格をさらに強めていくと考えます。

治療の情報収集・副作用管理・標準的な判断支援はAIが担い、医師は:

  • 患者・家族と時間をかけて対話する
  • 価値観の衝突を調整する
  • 予測不能な事態への臨床判断をする
  • 不確実性の中で「それでも決断する」ことを支える

こうした役割は、標準化できません。

地方病院の緩和ケア外来では、患者さんと長年関係を築き、「先生に診てもらいたい」という信頼のもとに成り立つ医療があります。その信頼は、AIには代替できないものです。


若手医師へのメッセージ

AI時代に医師を目指す方、あるいはキャリアの転換点にいる医師に伝えたいことがあります。

① 専門領域を確立する

AIが平均的な回答を提示するなら、医師はその平均から外れた個別ケースに対応できなければなりません。専門領域の深い知識は、AIとの「分業」を成り立たせる基盤です。

② AIを批判的に使う力を身につける

専門外の領域でも、AIを使いながら一定水準で対応できる能力が求められます。「AIが言ったから正しい」ではなく、「AIの提案を批判的に検討して判断する」力です。

③ 患者との対話を磨く

デジタル化が進む医療において、「患者の言葉を引き出す」「沈黙に耐える」「感情に寄り添う」ことは、むしろ希少な能力になっていくかもしれません。


まとめ

  • AIは標準的な判断・文書業務・情報収集を担い、医師が本来の仕事に集中できる時間を生む
  • 緩和ケアは「正解が定義しきれない問い」の連続——AIが最も苦手とする領域
  • AIは「構造」であり、責任を持つ「実存」ではない。最終的な責任を引き受けるのは医師
  • 将来の緩和ケア医・腫瘍内科医は「困難な意思決定を支援する伴走者」へ
  • AIリテラシーの本質は、AIを最後まで「ツール」として扱い続ける能力

「AIに仕事を奪われるかどうか」よりも、「AIと組んでより良い医療ができるか」を考える方が、ずっと建設的だと思っています。


参考

本記事は、医師向け媒体における腫瘍内科医・緩和ケア医のオピニオンおよび生成AIリテラシーに関する議論をもとに、筆者の臨床実感を加えてまとめたものです。


筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。