「がんになったら、どれくらいお金がかかるのか不安です」——患者さんやご家族からよく聞かれる質問です。
確かに、がん治療は高額になりがちです。しかし、日本の公的医療保険には強力な「経済的セーフティネット」があります。これを知っておくだけで、不安はかなり軽減されます。
この記事では、がん患者さんとご家族が知っておきたい高額療養費制度を中心に、医療費の仕組みを解説します。
2026年8月2日更新:2026年8月診療分から高額療養費制度の自己負担上限が引き上げられました。本記事の金額はすべて改定後のものに更新済みです。
1. 公的医療保険の自己負担は1〜3割
日本では、医療機関で受けた治療の自己負担は年齢と所得によって1〜3割です。
| 年齢 | 自己負担 |
|---|---|
| 義務教育就学前(6歳未満) | 2割 |
| 6歳〜69歳 | 3割 |
| 70〜74歳 | 2割(現役並み所得者は3割) |
| 75歳以上 | 1割(一定所得者は2割、現役並み所得者は3割) |
例えば、3割負担の方が100万円の医療費がかかった場合:
- 保険適用 → 自己負担は30万円
- 残りの70万円は健康保険が負担
ただし、3割でも医療費が高額になれば30万円・50万円という負担になります。これを軽減するのが高額療養費制度です。
2. 高額療養費制度とは
1ヶ月(同月内)の医療費自己負担に上限を設ける制度です。所得に応じて上限額が決まっており、それを超えた分は後から払い戻されます(または最初から払わなくて済む手続きあり)。
70歳未満の自己負担上限(2026年8月改定後)
| 所得区分(年収目安) | 国民の割合※ | 1ヶ月の自己負担上限 |
|---|---|---|
| 年収約1,160万円〜 | 約3% | 270,300円+(医療費-901,000円)×1% |
| 年収約770〜1,160万円 | 約7% | 179,100円+(医療費-597,000円)×1% |
| 年収約370〜770万円 | 約45% | 85,800円+(医療費-286,000円)×1% |
| 年収〜370万円 | 約45% | 61,500円 |
| 住民税非課税 | (上記に含む) | 36,900円 |
※国税庁「令和6年分 民間給与実態統計調査」を基にした概算。給与所得者ベース。
この表を見ると、国民の約90%は年収770万円以下のグループに該当します。年収370〜770万円の方であれば、医療費が100万円かかっても1ヶ月の自己負担は約9.3万円まで抑えられる計算です。
⚠️ 2026年8月に制度が変わりました
高額療養費制度の見直しが2026年8月診療分から施行されました(第1段階)。上の表はすでに改定後の金額です。第2段階は2027年8月に予定されています。
第1段階(2026年8月〜)で変わったこと
-
月額自己負担上限の引き上げ
- 5つの所得区分はそのままで、上限額だけが引き上げられました
- 例:年収370〜770万円の場合、80,100円+(医療費-26.7万円)×1% → 85,800円+(医療費-28.6万円)×1%
-
年間上限の新設(がん患者・難病患者に配慮)
- 月ごとの上限に届かなくても、1年間(8月〜翌年7月)の自己負担合計が一定額に達すると、それ以降の負担がなくなります
所得区分(年収目安) 年間上限 年収約1,160万円〜 168万円 年収約770〜1,160万円 111万円 年収約370〜770万円 53万円 年収〜370万円 53万円 住民税非課税 29万円 -
多数該当は据え置き(次章参照)。低所得層への配慮として、年収200万円未満の世帯は多数該当がさらに25%引き下げられます
2027年8月の第2段階では、所得区分が5区分から13区分に細分化される予定です(住民税非課税を除く)。具体的な金額が確定したら本記事も更新します。
がん治療のように長期で高額医療を受ける方には、年間上限の新設は朗報です。一方、月額上限は引き上げられたため、短期で高額医療を受ける方には負担増となります。
参考情報源:協会けんぽ「高額療養費(自己負担限度額)」
参考情報源:厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/index.html)
3. 「多数該当」でさらに自己負担減
過去12ヶ月で3回以上高額療養費の対象になった場合、4回目以降は自己負担上限がさらに下がります(多数該当)。
| 所得区分 | 4回目以降の上限 |
|---|---|
| 年収約1,160万円〜 | 140,100円 |
| 年収約770〜1,160万円 | 93,000円 |
| 年収約370〜770万円 | 44,400円 |
| 年収〜370万円 | 44,400円 |
| 住民税非課税 | 24,600円 |
この金額は2026年8月の改定でも引き上げられず、据え置かれました。がん治療のように長期で高額医療を受ける場合、この多数該当によって経済的負担はさらに大きく軽減されます。月額上限の引き上げの影響を最も受けにくいのが、長期治療中の患者さんだということです。
4. 「最初から上限額まで」にする方法
高額療養費は通常、いったん3割負担を支払って、後から払い戻しとなります。これだと一時的に大きな出費が発生します。これを避ける方法が2つあります。
① マイナ保険証を使う(最も簡単・推奨)
**マイナンバーカードを健康保険証として利用(マイナ保険証)**していれば、事前手続きなしで自動的に自己負担上限額までに抑えられます。
- オンライン資格確認導入済みの医療機関で利用可能
- 限度額適用認定証の申請は不要
- 受付でマイナンバーカードを提示するだけ
例外:住民税非課税世帯(低所得者)として上限を下げてもらいたい場合は、別途「限度額適用・標準負担額減額認定証」の申請が必要です。
参考情報源:マイナポータル「マイナ保険証で持参不要となる証類」/厚生労働省「マイナンバーカードの健康保険証利用のメリット」
② 限度額適用認定証を事前申請する
マイナ保険証を使わない場合は、従来どおり限度額適用認定証を事前に申請しておきます。
- 加入している健康保険(協会けんぽ・健保組合・国保等)に申請
- 認定証を医療機関の窓口に提示
- 最初から自己負担上限額までしか請求されない
がんと診断されて入院・手術が決まったら、マイナ保険証を持っていくだけでOKです。お持ちでない方は、限度額適用認定証の申請をお勧めします。
5. 健保組合の「付加給付制度」
ご加入の健康保険が**健康保険組合(大企業・業界別)**の場合、独自の上乗せ給付(付加給付制度)がある場合があります。
代表的な内容:
- 1ヶ月の自己負担を25,000円程度まで圧縮
- 高額療養費に加えて差額を健保組合が後日返還
確認方法:保険証を見て「○○健康保険組合」と書かれていればある可能性が高いです。健保組合のホームページで「付加給付」「一部負担還元金」と検索してください。
| 保険の種類 | 付加給付 |
|---|---|
| 健康保険組合 | あることが多い |
| 協会けんぽ | 基本なし |
| 国民健康保険 | なし |
| 共済組合 | あることが多い |
付加給付がある方は、月の自己負担が25,000円で済むため、民間医療保険の必要性はさらに下がります。
6. その他の経済的支援
医療費控除(確定申告)
1年間の医療費が10万円を超えた分は、確定申告で所得から控除できます。世帯合算が可能で、家族分もまとめて控除できます。
傷病手当金(健康保険)
会社員(健康保険加入者)が病気で働けなくなった場合、最長1年6ヶ月、給与の約2/3が支給されます。
障害年金
がんで生活・労働に著しい支障が出た場合、障害年金の対象になることがあります。年金事務所や医療ソーシャルワーカーに相談してください。
自治体の独自支援
多くの自治体に、がん患者向けの独自支援制度があります(医療用ウィッグの補助・乳房補正具の補助など)。お住まいの自治体に問い合わせてみてください。
7. 民間がん保険は本当に必要か
「がんになる前にがん保険に入っておくべき」とよく言われます。しかし、上記の制度を知ると、多くの方では民間がん保険は必須ではないことがわかります。
民間がん保険を検討すべき方
- 貯蓄がほとんどない(自己負担分を払えない)
- 長期療養で収入が大きく減る不安が大きい
- 心理的安心感を重視する
必要性が低い方
- 一定の貯蓄がある
- 健保組合に加入していて付加給付がある
- 会社員で傷病手当金が出る
民間がん保険に加入するなら、保険料総額と給付金見込みを比較して、本当に元が取れるかを冷静に判断してください。
8. 病院の「がん相談支援センター」を活用する
医療費・経済支援については、病院のがん相談支援センター(医療ソーシャルワーカー)が相談に乗ってくれます。
- 高額療養費・限度額適用認定証の申請方法
- 利用できる支援制度の案内
- 介護保険・障害年金の相談
- 仕事との両立に関する相談
他院通院中の方でも無料で利用できます。一人で抱え込まず、ぜひ活用してください。
まとめ
- 公的医療保険は3割負担、月ごとに自己負担に上限がある(高額療養費制度)
- 2026年8月に上限額が引き上げられた(年収370〜770万円で月85,800円+α)
- 同時に年間上限が新設(年収370〜770万円で53万円)——長期治療の方には負担軽減
- 多数該当で4回目以降はさらに自己負担減(金額は据え置き)
- 限度額適用認定証を事前申請すれば窓口負担が抑えられる
- 健保組合の付加給付があれば、自己負担は月25,000円程度に
- がん相談支援センターで経済支援の相談ができる
- 民間がん保険は本当に必要かを冷静に判断
「がん=経済破綻」は誤解です。日本の医療保険制度を正しく使えば、治療と生活を両立できます。お金の不安を抱えたまま治療を受けるのではなく、まず制度を知って活用してください。
筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。