がんの終末期に、患者さん本人とご家族を最もつらくさせる症状のひとつが**呼吸困難(息苦しさ)**です。
「息が苦しそうで、見ているこちらもつらい」
「何かしてあげたいけれど、どうすればいいか分からない」
緩和ケアの現場で、ご家族からこうした声を何度も聞いてきました。
呼吸困難は痛み以上に本人を消耗させ、家族を不安にさせる症状です。しかし、正しい知識と対応で、その苦しさは大きく和らげることができます。
この記事では、緩和ケア医の立場から、呼吸困難の理解と、家族ができる具体的なケアを解説します。
1. 呼吸困難とは——「息苦しい」という主観的な感覚
定義
呼吸困難は「呼吸に伴う不快な感覚」という、本人にしか分からない主観的な症状です。
重要なのは:
- 血液中の酸素濃度(SpO2)が正常でも、息苦しさを感じることがある
- 逆に、酸素が低めでも本人は楽なこともある
- 数値より本人の訴えを重視する
→ 「酸素は足りているから大丈夫」は、本人の苦しさを否定することになりかねません。
がん患者での頻度
- 進行がん患者の**約50〜70%**が経験
- **終末期(最後の数週間)には70〜90%**に増加
- 肺がん・乳がんの肺転移・胸水などで特に多い
参考情報源:日本緩和医療学会「進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン2023年版」:https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/respira_2023/respira2023.pdf
2. なぜ息苦しくなるのか
がん患者の呼吸困難には、さまざまな原因があります。
| 原因 | 例 |
|---|---|
| 肺・胸の病変 | 肺転移、がん性リンパ管症、胸水 |
| 呼吸器の合併症 | 肺炎、肺塞栓、COPD※合併 |
| 全身状態 | 貧血、全身衰弱、腹水による横隔膜挙上 |
| 心臓 | がん性心膜炎、心不全 |
| 精神的要因 | 不安・恐怖が呼吸困難を増悪させる |
※COPD(慢性閉塞性肺疾患)とは:主に長年の喫煙が原因で、気管支や肺胞が傷んで空気の通り道が狭くなる病気。「肺の生活習慣病」とも呼ばれます。慢性的に息切れ・咳・痰が続き、もともとCOPDのある方ががんを患うと、呼吸困難がより強く出やすくなります。
→ 原因により対応が変わるため、まず医療者による評価が大切。治療可能な原因(胸水・貧血等)なら、それに対する処置で改善することもあります。
3. 医療的な治療
① 原因への治療
- 胸水→ 胸水ドレナージ(水を抜く)
- 貧血→ 輸血
- 感染→ 抗菌薬(状況による)
- 気道狭窄→ ステロイド、放射線治療
② 症状そのものを和らげる治療
モルヒネ(オピオイド)
意外に思われるかもしれませんが、モルヒネは呼吸困難の第一選択薬です。
- 呼吸中枢に作用し、息苦しさの感覚を和らげる
- 「呼吸を止めてしまうのでは」という心配は、適切な少量使用なら不要
- 痛みに使う量より少量から開始
- モルヒネのほか、ヒドロモルフォンも選択肢(2023年版ガイドラインで追加)。腎機能が低下した方などで使い分ける
「モルヒネ=最後の手段」という誤解については 痛みのコントロール——医療用麻薬への誤解を解く も参照。
その他
- 抗不安薬:不安が強い場合
- ステロイド:炎症・むくみによる狭窄
- 酸素投与:低酸素がある場合(ただし酸素が正常なら効果は限定的)
③ 酸素投与の誤解
- 酸素は「低酸素の人」には有効
- しかし酸素飽和度が正常な人には、息苦しさの改善効果は限定的
- むしろ**送風(扇風機・うちわ)**の方が楽に感じることも(後述)
4. 家族ができる具体的なケア
ここが本記事の核心です。薬以外で、家族の手でできることがたくさんあります。
🌬️ ケア①:顔に風を送る「送風療法」(最も簡単で効果的)
頬や鼻の周りに風を当てると、息苦しさが和らぐことが研究で示されています。
- 扇風機・うちわ・小型ファンで顔に優しく風を
- 三叉神経(顔の感覚神経)への刺激が呼吸困難を軽減
- 薬を使わずすぐできる、家族にもできる最良のケアのひとつ
この「送風療法」は、2023年版の診療ガイドラインで正式に項目化されました。エビデンスに基づいた、れっきとした緩和ケアの手法です。
参考情報源:呼吸困難に対する送風療法のエビデンス(Galbraith S et al. J Pain Symptom Manage 2010)/日本緩和医療学会「進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン2023年版」
🛏️ ケア②:楽な姿勢を作る
息苦しいとき、横になるより上体を起こした方が楽になります。肺が広がりやすくなり、横隔膜も下がるためです。
起座位(きざい)——最も息が楽な姿勢
起座位:オーバーテーブルに枕を置き、前かがみに寄りかかる(イラスト:介護アンテナ)
- オーバーテーブルに枕やクッションを置き、前かがみにもたれる
- 重度の息苦しさで本人が自然にとる姿勢
- 腕で上半身を支えることで呼吸補助筋が使いやすくなる
ファーラー位・セミファーラー位——ベッドで上体を起こす
ファーラー位:上体を約45度起こす(イラスト:介護アンテナ)
セミファーラー位:上体を約30度起こす(イラスト:介護アンテナ)
- 介護ベッドの**背上げ機能(ギャッチアップ)**を活用
- ファーラー位=約45度、セミファーラー位=約30度
- クッションや枕で本人が一番楽な角度を一緒に探す
- 膝の下にも枕を入れるとずり落ちにくい
🪟 ケア③:環境を整える
- 部屋の換気、窓を開けて空気を通す
- 室温はやや涼しめに
- 加湿(乾燥は息苦しさを増す)
- 人が多すぎる部屋は避ける(圧迫感)
🤝 ケア④:そばにいて、安心させる
- 不安は呼吸困難を悪化させる
- 「そばにいるよ」と声をかける
- 手を握る、背中をさする
- 慌てない(家族が慌てると本人も不安になる)
🗣️ ケア⑤:会話の工夫
- 長く話さなくていい問いかけ(「うなずくだけ」で答えられる質問)
- 「話さなくていいよ」と伝える
- 急かさない
5. 「死前喘鳴」について知っておく
終末期の最後の数日に、ゼロゼロ・ゴロゴロという音を伴う呼吸が出ることがあります。これを**死前喘鳴(しぜんぜんめい)**と呼びます。
大切なこと
- これは唾液や分泌物が喉に溜まることで起こる音
- 本人は苦しくないことが多い(意識が低下しているため)
- 聞いている家族の方がつらい症状
対応
- 体の向きを横に変える(分泌物の貯留を減らす)
- 必要なら分泌を抑える薬
- 過度な吸引はかえって本人を苦しめることがある
- 「音は本人の苦しみを意味しない」と理解することが家族の安心につながる
看取り期全般については 最期のとき——何が起きるのか、何ができるのか も参照。
6. 家族自身のケアも忘れずに
息苦しそうな姿を見続けるのは、家族にとって大きな精神的負担です。
- 「何もできない」と自分を責めない
- 送風・姿勢・声かけは立派なケア。あなたは十分やっている
- 交代で休む、睡眠をとる
- つらい気持ちは医療者・看護師に話す
- 看取り後の悲嘆については グリーフケア——大切な人を亡くしたあとの「悲嘆」とどう向き合うか を
7. 医療者に伝えてほしいこと
呼吸困難が出たら、遠慮なく医療者に以下を伝えてください。
- いつから・どんなときに苦しそうか
- どの姿勢で楽になるか
- 不安・恐怖の様子
- 本人の希望(自宅で過ごしたい等)
→ 緩和ケアでは症状緩和の手段がたくさんあります。我慢させず、早めに相談を。
まとめ
- 呼吸困難は本人にしか分からない主観的な苦しさ。数値より本人の訴えを重視
- 進行がんの50〜70%、終末期では70〜90%が経験する
- 医療ではモルヒネが第一選択(少量なら呼吸抑制の心配は不要)
- 家族ができるケア:
- 顔に風を送る(扇風機・うちわ)← 最も簡単で効果的
- 楽な姿勢を作る(上体を起こす)
- 環境を整える(換気・涼しめ)
- そばにいて安心させる
- 会話の工夫(うなずくだけで答えられる質問)
- 死前喘鳴は本人は苦しくないことが多い。音に動揺しすぎない
- 家族自身のケアも大切——あなたは十分やっている
息苦しさは本人にとっても家族にとってもつらい症状ですが、できることは必ずあります。
扇風機の風ひとつ、そばにいる安心ひとつが、大きな支えになります。
一人で抱え込まず、医療者と一緒に、その人らしい時間を支えていきましょう。
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参考情報源
- 日本緩和医療学会「進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン2023年版」PDF:https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/respira_2023/respira2023.pdf
- 同 ガイドライン紹介ページ:https://www.jspm.ne.jp/publication/guidelines/individual.html?entry_id=1390
- Galbraith S, et al. Does the use of a handheld fan improve chronic dyspnea? J Pain Symptom Manage. 2010;39:831-838.
- 国立がん研究センター がん情報サービス「息苦しさ・呼吸困難」:https://ganjoho.jp/public/support/condition/dyspnea.html
筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。