「血液検査だけで、再発の兆しが早く分かるかもしれない」——
そんな研究が、近年大きく進んでいます。キーワードは MRD検査ctDNA
2026年現在、乳がんの臨床現場でまだ保険適用にはなっていませんが、世界中で臨床試験が進み、日本乳癌学会も専門ワーキンググループを設置して動向を注視しています。

この記事では、患者・ご家族向けに基本を、医師・医療者向けにエビデンスと限界を、まとめて整理します。


1. 用語の整理:MRD・ctDNA・リキッドバイオプシー

用語 意味
MRD(Molecular/Minimal Residual Disease) 画像や通常の検査では分からない「ごく少量のがん細胞が体に残っている状態
ctDNA(circulating tumor DNA) がん細胞が壊れたときに血液中に出てくる微量のDNA断片
リキッドバイオプシー 血液など液体検体から、がんの情報(遺伝子変異やctDNA量)を調べる検査の総称

つまり、血液を採るだけで、目に見えない小さながん細胞の存在を間接的に検出しようという考え方です。

検査の方式には大きく2タイプあります。

  • 腫瘍組織から個別に設計(tissue-informed):その人のがんの遺伝子変異を先に調べておき、血液でその同じ変異を追跡。感度が高い
  • 固定パネル(tumor-naïve):あらかじめ用意された遺伝子セットを血液から一斉に調べる

代表的な検査としては、Signatera™、RaDaR®などの名称が知られています。


2. なぜ乳がんで注目されているか

乳がんは長期にわたって再発リスクが続くがんです。とくにホルモン受容体陽性タイプは、術後10年以上経ってから再発することもあります。

従来は、

  • 定期的な画像検査や腫瘍マーカー(CEA・CA15-3など)
  • 自覚症状

で再発を見つけてきましたが、**「目に見えるサイズになる前」**に分かれば、

  • 早期に治療介入できる可能性
  • 高リスク群と低リスク群を区別し、治療の強さ・期間を個別化できる可能性

があります。これが、ctDNA/MRD検査に期待が集まる理由です。


3. 現時点で分かっていること(中立に)

国内外の研究で、おおむね一貫して報告されている内容:

  • 術前化学療法後や術後フォロー中にctDNAが陽性になった患者さんは、陰性の方より再発リスクが明らかに高い
  • ctDNAの陽性化は、画像で再発が見えるよりも数ヶ月〜年単位で先行しうる
  • ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がんでも、術後の追跡でMRD陽性が一定割合(数〜十数%)に見つかる

**「MRD陽性=再発リスクが高い」**は概ね共通認識になりつつあります。


4. 期待されている応用

A. 治療の強化(escalation)

MRD陽性の患者さんに、追加の薬物療法を行うことで再発を抑えられるか——という臨床試験が複数進行中です(トリプルネガティブ乳がんでの介入試験など)。

B. 治療の軽減(de-escalation)

逆に、MRD陰性が持続する低リスク群では、不要な抗がん剤治療や長期ホルモン療法を減らせるかという発想もあります。

C. 治療反応のモニタリング

転移・再発乳がんで、ctDNA量の変化が治療効果の早期指標になる可能性。

D. 早期再発検出

症状や画像での発見より先に拾うことで、より小さな段階で次の手を打てる可能性。


5. ⚠️ 同じくらい大事な「限界」

夢のような技術に見えますが、現時点では多くの課題が残っています

課題 内容
偽陰性 検査の感度には限界があり、再発しても陰性のことがある
偽陽性 加齢で出てくる血液細胞由来の変異(clonal hematopoiesis)が、がんと紛らわしい結果を生むことがある
標準化 アッセイ・カットオフ・判定基準が世界で統一されていない
介入のエビデンス 「MRD陽性に治療を追加すれば予後が良くなる」という決定的な大規模試験はまだ蓄積途上
コスト・アクセス 検査自体が高額で、保険適用がない国・地域も多い

つまり、「陽性なら何をすべきか/陰性なら何をやめてよいか」の最終的な答えはまだ出ていない——これが2026年5月時点での率直な姿です。


6. 日本での現状(2026年5月時点)

日本乳癌学会のWGは「現在の治療戦略にパラダイムシフトが起こることが期待される」と前向きな見方を示しつつ、標準化された検出方法と介入エビデンスの蓄積が課題としています。


7. 患者・ご家族が知っておきたいこと

  • 血液検査だけで再発が事前に分かる時代が来るかも」という期待は、方向性としては正しい
  • ただし2026年現在は研究段階で、誰でも・どの病院でも・保険で受けられる検査ではない
  • 自費で海外検査を取り寄せれば早く分かる」という情報も流通していますが、結果をどう活かすかの根拠(その後の治療をどう変えるか)が確立していないため、コストに見合うかは慎重に判断する必要がある

⚠️ より一般的な注意——新しい検査・治療技術に共通する話
こうした最新技術は、日本の保険診療では未対応のままになっていることが多いのが現実です。自由診療で受けられる施設もありますが、標準化された管理体制(検査の質・結果の解釈・その後のフォロー)が確立していない条件で行われがちです。
言いかえると、「管理体制がはっきりしないなかで、自分が実験的な対象になるリスクを十分理解したうえでの選択」になります。
判断するときは、コストだけでなく「この検査結果を踏まえて、次に何をするのか」まで医療機関側に明確な答えがあるかを必ず確認してください。

  • 気になる場合は、まず主治医に相談してください。研究参加(臨床試験)という形で関われる場合もあります

8. 医師・医療者向けの要点

  • ctDNA陽性が再発予測因子であることは多くのコホート・前向き研究で再現性高く示されている
  • tissue-informed assay(Signatera, RaDaR など)が感度面で優位
  • 介入研究は c-TRAK TN(TNBC・ペムブロリズマブ)、LEADER(HR+ HER2-)、DAREZEST、I-SPY 2の解析等が進行中。臨床的意義の最終結論はOSアウトカム待ち
  • 臨床適応上の留意
    • CHIP由来変異との鑑別
    • PCR/NGSの検出限界(VAF)
    • 結果を治療変更の根拠に使う場合、現状はGL未収載=個別のインフォームドコンセントと多職種カンファレンスでの判断
  • 国内では学会WGとJSCO見解の更新を追うのが実務的

9. まとめ

ポイント 内容
MRD/ctDNAとは 血液中の微量がんDNAから「目に見えない残存病変」を探る技術
期待 再発の早期検出、治療の強化/軽減の個別化
限界 偽陽性偽陰性、標準化不十分、介入エビデンス蓄積途上
日本の現状(2026年5月) 保険適用なし。学会WGとJSCO見解が動向を整理
患者の動き方 過度に期待せず、まず主治医に相談。臨床試験の選択肢も

ctDNA/MRD検査は、いつかは乳がん診療を変える可能性が高い領域です。一方で、**「いつから誰にどう使うか」**の答えは2026年現在も研究の途上にあります。
期待と現実のあいだに、冷静な目を持つことが、患者さん・医療者の双方にとって今いちばん大切な姿勢だと考えています。


※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療方針を示すものではありません。具体的な検査・治療の判断は、必ず主治医にご相談ください。本記事は2026年5月時点の情報に基づいています。

参照


筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。