乳がんと診断される女性のなかには、妊娠・出産・授乳に関わる年代の方も少なくありません。

  • 「妊娠中に乳がんが見つかった。お腹の赤ちゃんは大丈夫?」
  • 「治療すると、将来妊娠できなくなる?」
  • 「授乳中にしこりがある。これは大丈夫?」
  • 「乳がんを経験したけど、また妊娠してもいい?」

こうした疑問は非常に切実です。この記事では、乳がんと妊娠・授乳に関する4つの場面を、乳腺外科医の立場から整理します。

重要:本記事は一般的な情報提供です。個別の状況は必ず主治医にご相談ください。


1. 妊娠中に乳がんが見つかったら(妊娠期乳がん)

妊娠期乳がんとは

妊娠中〜出産後1年以内に診断される乳がんを**妊娠期乳がん(PABC)**と呼びます。

  • 頻度:妊娠約3,000〜10,000件に1件
  • 妊娠による乳房の張りで発見が遅れやすい
  • 決して珍しくない

お腹の赤ちゃんへの影響

最も心配されるポイントですが:

項目 説明
がん自体の胎児転移 極めてまれ(ほぼ起こらない)
診断・治療の影響 時期を選べば多くが安全に実施可能

→ 「がんが赤ちゃんにうつる」ことはまずありません

妊娠中でもできる検査

検査 妊娠中の可否
超音波(エコー) 問題なく可能
マンモグラフィー 腹部を防護すれば可能(被ばくはごくわずか)
針生検 可能
MRI(造影) 造影剤は原則避ける
CT・骨シンチ 被ばくのため原則避ける

妊娠中の治療

  • 手術:妊娠中期以降は比較的安全に実施可能
  • 抗がん剤妊娠中期〜後期なら一部のレジメンが使用可能(初期は避ける)
  • 放射線治療・ホルモン療法・分子標的薬:原則出産後に延期

「妊娠を諦めなければ治療できない」わけではありません。妊娠週数とがんの進行度を見て、母児双方にとって最善の計画を立てます。

参考情報源:日本乳癌学会「乳癌診療ガイドライン2022年版」(妊娠・授乳期乳癌):https://jbcs.xsrv.jp/guideline/2022/


2. 治療と妊孕性(将来の妊娠)

抗がん剤と卵巣機能

抗がん剤は卵巣にダメージを与え、月経が止まったり、閉経が早まったりすることがあります。

  • 年齢が高いほど妊孕性低下のリスク大
  • 使用する薬剤によってもリスクが異なる

妊孕性温存の選択肢(治療開始前に検討)

方法 内容
受精卵(胚)凍結 パートナーがいる場合、最も確立された方法
未受精卵子凍結 パートナーがいなくても可能
卵巣組織凍結 思春期前や時間がない場合の選択肢
GnRHアゴニスト 抗がん剤中に卵巣を一時的に休ませる(補助的)

重要:治療開始前に相談を

妊孕性温存は抗がん剤を始める前に検討する必要があります。

  • 乳がんと診断されたら、妊娠の希望があることを早めに主治医に伝える
  • 生殖医療(不妊治療)の専門医との連携が必要
  • がん治療を遅らせすぎないバランスも大切

参考情報源:日本がん・生殖医療学会:http://www.j-sfp.org/

費用助成

  • 多くの自治体でがん患者の妊孕性温存治療への助成制度あり
  • 主治医・がん相談支援センターで確認を

3. ホルモン療法中の妊娠

ホルモン受容体陽性乳がんでは、術後に**ホルモン療法(5〜10年)**を行います。

妊娠との関係

  • ホルモン療法薬(タモキシフェン等)は胎児に影響するため、服用中は妊娠不可
  • 妊娠を希望する場合、一時的にホルモン療法を中断する選択肢が研究されている

POSITIVE試験(重要な研究)

国際多施設共同試験POSITIVE試験(20カ国116施設、42歳以下、ステージI〜III、ホルモン受容体陽性)では、内分泌療法を18〜30ヶ月受けた後に最大2年間中断し、妊娠・出産・授乳を経て治療を再開するという設計で実施されました。

2026年最新データ(追跡期間中央値71ヶ月・Annals of Oncology 2026)

アウトカム POSITIVE群 対照群(SOFT/TEXT)
5年乳がん無病間隔イベント率 12.3% 13.2%(差−0.9%)
5年遠隔再発無病間隔イベント率 6.2% 8.3%(差−2.1%)
1回以上の生児出産 69%(440名誕生)

→ 5年時点でも、内分泌療法を中断して妊娠・出産した群と対照群の間に再発リスクの有意な差はありませんでした

授乳の安全性(JCO 2025)

生児出産した女性の62.6%が授乳を行いましたが、授乳群と非授乳群の間で乳がんイベントに有意差はありませんでした。乳がん治療後の授乳は、安全に行える可能性が示されています。

⚠️ 高リスク患者には注意が必要(2026年ASCO・フランス大規模研究 n=10,835)

再発リスクの程度によって、内分泌療法中断の影響が異なることが明らかになっています。

リスク 18〜30ヶ月での中断 推奨
低〜中リスク 影響は最小限 18〜30ヶ月後の中断が選択肢
高リスク 再発リスク差+5.8% 36〜42ヶ月以上の内分泌療法後に中断

高リスクとは:リンパ節転移が多い、腫瘍が大きい、グレードが高いなど、再発リスクが高いと判断された患者さんが相当します。

「POSITIVE試験のデータがあるから大丈夫」ではなく、自分がどのリスク区分かを主治医と確認することが重要です。

この研究の限界

  • 追跡期間がまだ短い:ホルモン受容体陽性乳がんは診断から10年以上経ってから再発することがあります。71ヶ月の追跡では晩期再発を捉えきれていない可能性があります
  • 健康な女性が参加しやすい:妊娠を希望できる状態の比較的元気な患者さんが多く参加した可能性があります
  • 実臨床では内分泌療法の再開率が低い:試験では73%が再開しましたが、実臨床では約40%という報告もあります

→ 「乳がん経験者でも、計画的に妊娠できる可能性が広がっている」のは事実です。ただしリスク区分に応じた個別判断が必須であり、主治医とよく相談することが重要です。

参考情報源:Pagani O, et al. Updated Results of the POSITIVE Trial. Annals of Oncology. 2026. / Partridge AH, et al. POSITIVE試験. N Engl J Med. 2023;388:1645-1656.


4. 授乳に関する疑問

授乳中のしこり

授乳期は乳房が張り、しこりを感じやすい時期です。

多い良性の原因 特徴
乳汁うっ滞・乳腺炎 痛み・発赤・熱を伴う
乳瘤(にゅうりゅう) 乳汁が溜まった嚢胞

→ ほとんどは良性ですが、抗菌薬や搾乳で改善しないしこりは乳腺外科で精査を。授乳中でも超音波・針生検は可能です。

治療後の授乳

  • 手術した側:乳腺・乳管が傷ついていると母乳が出にくいことがある
  • 健側:問題なく授乳できることが多い
  • ホルモン療法・抗がん剤中:薬剤が母乳に移行するため授乳は不可

片側だけの授乳でも大丈夫

  • 片方の乳房だけでも十分な母乳が出ることが多い
  • 出ない場合もミルクとの併用で問題なし
  • 「両方で授乳できないと母親失格」では決してありません

5. よくある質問

Q. 妊娠が乳がんを悪化させる?

A. 妊娠そのものが乳がんを悪化させるという明確な証拠はありません。ただし妊娠中はホルモン環境が変わるため、診断・治療の計画は慎重に立てます。

Q. 乳がん経験後、何年経てば妊娠していい?

A. 一律の基準はありませんが、**再発リスクの高い時期(術後2〜3年)**を過ぎてから検討することが多いです。サブタイプ・進行度により異なるため主治医と相談を。

Q. 授乳すると乳がんになりにくい?

A. 授乳には乳がんリスクを下げる効果があると報告されています(授乳期間が長いほど予防的)。ただし授乳していても乳がんになることはあります。


まとめ

  • 妊娠中の乳がん:がんが赤ちゃんにうつることはなく、時期を選べば多くの治療が可能
  • 妊孕性温存治療開始前に検討。妊娠希望は早めに主治医へ
  • POSITIVE試験で、ホルモン療法の一時中断による妊娠の可能性が広がった
  • 授乳中のしこりは多くが良性だが、改善しないものは精査を
  • 治療後も片側授乳は可能。「完璧」を求めすぎない
  • 授乳には乳がん予防効果がある

妊娠・出産・授乳と乳がんが重なると、不安は計り知れません。
しかし選択肢は確実に増えています。一人で抱え込まず、乳腺外科医・生殖医療専門医・がん相談支援センターと一緒に、あなたとお子さんにとって最善の道を探しましょう。


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参考情報源

  • 日本乳癌学会「乳癌診療ガイドライン2022年版」:https://jbcs.xsrv.jp/guideline/2022/
  • 日本がん・生殖医療学会:http://www.j-sfp.org/
  • Partridge AH, et al. Interrupting Endocrine Therapy to Attempt Pregnancy after Breast Cancer (POSITIVE試験). N Engl J Med. 2023;388:1645-1656.
  • Pagani O, et al. Updated Results of the POSITIVE Trial. Annals of Oncology. 2026.
  • Peccatori FA, et al. Breastfeeding After Hormone Receptor-Positive Breast Cancer: Results From the POSITIVE Trial. J Clin Oncol. 2025.
  • Jochum F, et al. Optimal timing of endocrine therapy interruption for pregnancy in young women with hormone receptor–positive early breast cancer. J Clin Oncol. 2026.
  • 日本癌治療学会「小児・AYA世代がん患者等の妊孕性温存に関する診療ガイドライン2024年12月改訂第2版」
  • 国立がん研究センター がん情報サービス「妊娠・出産と乳がん」:https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/index.html

筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。