入院中や終末期の患者さんに、ある日突然こんな変化が起きることがあります。

  • つじつまの合わないことを言い出した」
  • 夜中に騒いだり、点滴を抜こうとする
  • ここがどこか分からなくなっている
  • 別人のようになってしまった

ご家族は大きなショックを受け、「認知症になった」「おかしくなってしまった」と不安になります。

これは多くの場合**せん妄(せんもう)**という状態です。正しく理解すれば、家族の不安はずっと軽くなり、適切に対応できます。この記事では、せん妄について緩和ケア医の立場から解説します。


1. せん妄とは

せん妄は、身体の不調が脳に影響して起こる、一時的な意識・注意・認知の障害です。

特徴

項目 内容
急に起こる 数時間〜数日で発症
症状が変動する 夜に悪化、日中は比較的しっかり(日内変動)
注意が保てない 会話が続かない、集中できない
一時的なことが多い 原因が改善すれば戻ることも

→ せん妄は「気の持ちよう」でも「性格が変わった」のでもなく、身体的な原因による脳の機能変化です。

頻度

  • 入院患者の10〜30%
  • 終末期がん患者では最大90%近くが経験
  • 高齢者・重症ほど起こりやすい

参考情報源:日本サイコオンコロジー学会・日本がんサポーティブケア学会「がん患者におけるせん妄ガイドライン2022年版」:https://jpos-society.org/pdf/gl/2023delirium/all_2023-guideline-delirium.pdf


2. せん妄と認知症の違い

家族が最も混同しやすいのが認知症との違いです。

項目 せん妄 認知症
発症 急(数時間〜数日) ゆるやか(年単位)
経過 変動する(日内変動) ゆっくり進行
意識 混濁する(ぼんやり) 通常は清明
可逆性 改善することがある 基本的に不可逆
原因 身体的要因(後述) 脳の変性

→ **せん妄は「治る可能性がある」**のが最大の違い。「急におかしくなった」なら、まずせん妄を疑います。

※認知症の方がせん妄を併発することもあります。


3. なぜせん妄が起きるのか

せん妄には必ず**身体的な原因(誘因)**があります。

カテゴリ 具体例
薬剤 オピオイド、ステロイド、睡眠薬、抗コリン薬など
身体の異常 感染症、脱水、電解質異常、低酸素、肝・腎機能低下
がんの進行 脳転移、高カルシウム血症
環境 入院による環境変化、睡眠不足、不動
苦痛 痛み、便秘、尿閉

複数の要因が重なって起こることが多い。**治療可能な原因(脱水・感染・薬剤)**なら、それを改善することでせん妄も良くなることがあります。

補足:オピオイド(医療用麻薬)とせん妄

がんの痛みに使うオピオイドも、せん妄の原因になることがあります(オピオイド誘発性神経毒性)。ただし、薬剤によってせん妄の起こしやすさが異なることが分かっています。

鍵は「活性代謝物」と「腎機能」

オピオイドは体内で分解(代謝)されますが、一部の薬は神経毒性のある代謝物を生み、それが腎機能の低下で体に溜まるとせん妄を起こしやすくなります。

オピオイド 活性代謝物 せん妄リスクの傾向 腎機能低下時
モルヒネ あり(M3G・M6G) やや高い 蓄積しやすく要注意
オキシコドン あり 中程度(臨床的影響は比較的少ない) 中等度の注意
ヒドロモルフォン あり(H3G) 比較的低い モルヒネより遅れて蓄積
フェンタニル なし 比較的低い 腎不全で使いやすい

→ 系統的レビューでは、ヒドロモルフォンやフェンタニルは、他のオピオイドに比べてせん妄リスクが低い傾向が報告されています。腎機能が低下した患者では、モルヒネよりフェンタニルやヒドロモルフォンが選ばれることがあります。

特に注意:メペリジン(ペチジン)

メペリジンは、神経毒性の強い代謝物(ノルメペリジン)により、用量依存的にせん妄や痙攣を起こしやすく、高齢者・緩和ケアでは避けるべき薬剤とされています。 ※日本では使用施設が限られ、地域によっては馴染みが薄い薬剤です。

大切なこと:オピオイドがせん妄の原因と疑われても、自己判断で中止しないでください。痛みが取れなくなる方が問題です。薬剤の変更(オピオイドスイッチング)・減量・水分補給などで、医療者が調整します。

参考情報源

  • Reisinger M, et al. Delirium-associated medication in people at risk: A systematic update review, meta-analyses, and GRADE-profiles. Acta Psychiatr Scand. 2023.
  • The Comparative Risk of Delirium with Different Opioids: A Systematic Review. PMC5427092https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5427092/

4. せん妄の3つのタイプ

タイプ 様子 気づきやすさ
過活動型 興奮・落ち着かない・点滴を抜く・大声 気づきやすい
低活動型 ぼーっとする・元気がない・反応が鈍い 見逃されやすい(うつや疲れと間違う)
混合型 両方が入れ替わる

低活動型は「おとなしくなっただけ」と見逃されがちですが、これもせん妄。「元気がない」もサインです。


5. 家族ができる対応

医療的な治療は医師・看護師が行いますが、家族の関わりがせん妄の改善に大きく役立ちます

✅ してあげたいこと

対応 理由
おだやかに、ゆっくり話す 混乱を増やさない
「ここは病院だよ」「今は夜だよ」と伝える 見当識を助ける
見慣れた物を置く(写真・時計・カレンダー) 安心と現実感
昼は明るく、夜は暗く 昼夜のリズムを整える
メガネ・補聴器を使ってもらう 情報遮断を防ぐ
そばにいて手を握る 安心感を与える
馴染みの家族が交代で付き添う 環境の安定

❌ 避けたいこと

避けること 理由
強く否定・叱る 「違う!」と言うと混乱・興奮が増す
問い詰める 「なんで分からないの」は逆効果
議論する 幻覚の内容を論破しようとしない
無理に抑えつける 興奮を増す、危険

幻覚・妄想への接し方

  • 本人には本当に見えている・聞こえている
  • そんなものいない」と否定せず、「怖かったね」とまず気持ちに寄り添う
  • そのうえで「ここは安全だよ」と安心させる

6. 終末期のせん妄

終末期(最期の数日〜数週間)には、多くの患者さんにせん妄が現れます

終末期せん妄の特徴

  • 原因が複数かつ改善困難なことが多い
  • 完全に元に戻すのが難しい場合がある
  • お迎え現象」(亡くなった人が見える等)もこの一種のことがある

家族の心構え

  • これは自然な経過の一部であることが多い
  • 意識がはっきりしているうちに伝えたいことを伝えておく
  • 穏やかでない様子でも、本人は苦しんでいないこともある
  • つらい興奮が続く場合は、鎮静を含めた症状緩和を医療者と相談

看取り期全般は 最期のとき——何が起きるのか、何ができるのか も参照。


7. 医療者に伝えてほしいこと

せん妄に気づいたら、遠慮なく医療者に伝えてください。

  • いつから・どんな様子か(急に変わったか)
  • 夜間の様子(家族が見ている時間帯)
  • 普段の本人との違い(家族しか分からない情報)
  • 痛み・便秘・尿が出ているか

家族の観察は診断・治療の重要な手がかりです。特に低活動型は医療者も見逃しやすいので、「いつもと違う」を伝えてください。


まとめ

  • せん妄は身体の不調が脳に影響して起こる、一時的な意識・認知の障害
  • 認知症とは違い、改善する可能性がある(急な発症・変動が特徴)
  • 原因は薬剤・感染・脱水・がんの進行など。治療可能な原因なら改善することも
  • 低活動型(ぼーっとする)は見逃されやすい
  • 家族の対応:おだやかに・見当識を助ける・昼夜のリズム・否定しない
  • 幻覚は否定せず気持ちに寄り添う
  • 終末期せん妄は自然な経過のことも。つらい場合は症状緩和を相談
  • 「いつもと違う」を医療者に伝えることが何より大切

「人が変わってしまった」と感じるのは、ご家族にとって本当につらいことです。
でも、それは病気が起こしている一時的な状態であり、ご本人の本質が変わったわけではありません

正しく理解し、おだやかに寄り添うことが、ご本人にとってもご家族にとっても、いちばんの支えになります。


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参考情報源


筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。