「治療中は安静にしていた方がいいですか?」
外来でよく聞かれる質問です。かつては「がん患者は休むべき」という考え方が主流でしたが、近年はまったく逆の方向に変わっています。適度な運動は、がん治療中・治療後の患者さんにとって有益であることが、日本癌治療学会のガイドラインをはじめ、国内外の研究・ガイドラインで推奨されています。
一方で、「体がしんどくて、とても運動できない」という現実もあります。
そこで今回、仰向けのまま行う10分間のエクササイズに関する研究をご紹介します。立ち上がることが難しいときでも、体を動かす選択肢があるかもしれません。
重要:運動を始める前に必ず主治医に相談してください。治療の内容・時期・体調によって、適切な運動は異なります。
がん治療中に運動する意味
「がんと運動」の関係については、この10〜20年で研究が大きく進みました。
治療中・治療後の運動が期待できること:
- 倦怠感(だるさ)の軽減
- 筋力・体力の維持
- 気分の改善・不安の軽減
- 骨密度の維持(ホルモン療法中の骨粗鬆症対策)
- 転倒リスクの低減
特に乳がんのホルモン療法(タモキシフェン・アロマターゼ阻害薬など)は、長期間の服用で骨密度が下がりやすく、転倒・骨折の予防という観点からも、バランス機能を保つ運動が大切です。
「寝たままできる」エクササイズの研究
2026年、東京農工大学などの研究グループが、仰臥位(仰向け)で行う10分間のエクササイズプログラムの効果を調べた研究をPLOS ONEに発表しました。
プログラムの特徴
- 姿勢:仰向けで行うため、立位保持が難しい方でも実施可能
- 時間:1回10分
- 頻度:起床時に毎日(2週間のプログラム)
- 内容:腹部の感覚刺激・体幹の安定・下肢の協調動作・足指の機能を組み合わせた動き
- 負荷:低負荷。筋肉を大きく鍛えるのではなく、**神経と筋肉の連携(神経筋適応)**を促す設計
研究結果
2週間後に測定したところ、次の項目で有意な改善が見られました。
| 改善した指標 | 改善しなかった指標 |
|---|---|
| 柔軟性 | 握力 |
| 敏捷性(素早い動き) | 跳躍力 |
| 静的立位バランス | — |
柔軟性・敏捷性・バランスという、日常生活に直結する機能が改善した一方、筋力(握力・跳躍)への変化はありませんでした。
これは、このエクササイズが「筋肥大(筋肉を増やす)」を目的としたものではなく、神経と筋肉の連携を整えることで機能改善をもたらすためと考えられています。
がん患者さんへの応用
この研究は一般成人を対象としたものですが、いくつかの点でがん患者さんにも参考になる可能性があります。
仰向けで行うことのメリット:
- 化学療法後の倦怠感が強い日でも、布団の上で行える
- 立位保持が難しいときでも実施可能
- 転倒リスクがない
バランス機能の改善が特に重要な方:
- アロマターゼ阻害薬(AI)服用中の方(骨粗鬆症・転倒リスク)
- 末梢神経障害(しびれ)がある方(化学療法の副作用)
- 体力が低下して通常の運動が難しい方
始める前に確認すること
どんな運動でも、始める前に主治医・理学療法士への相談が必要です。特に以下の状況では、無理に行わないでください。
- 骨転移がある:骨に負担がかかる動作は骨折のリスクがあります
- 血小板が低い:出血しやすい状態での運動は注意が必要です
- 発熱・感染症がある:免疫が低下している時期は無理しない
- 手術直後・放射線治療の急性期:主治医の指示に従う
まとめ
- がん治療中の運動は「休んでいた方がよい」ではなく、適度に動くことが推奨される方向に変わってきている
- 仰向けで行う10分エクササイズで、柔軟性・敏捷性・バランスが改善するという研究がある
- 低負荷・仰臥位のため、体力が低下した状態でも取り組みやすい
- 骨転移・神経障害・術後などの状況では必ず主治医に相談してから
「動けない」と「動かない」は違います。体調と相談しながら、できる範囲で体を動かす習慣を続けていきましょう。
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参考情報源
- QLifePro / m3.com(2026年6月7日):東京農工大ほか、PLOS ONE掲載研究
- 国立がん研究センター がん情報サービス「乳がんの療養と社会復帰」:https://ganjoho.jp/public/cancer/breast/follow_up.html
- 日本癌治療学会「がんのリハビリテーション診療ガイドライン」:http://www.jsco-cpg.jp/rehabilitation/guideline/
- 埼玉医科大学「がんの治療中や治療後の運動の効果に関するエビデンス表」:https://www.saitama-med.org/img/file42.pdf
筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。