2026年4月の診療報酬改定で、HBOC(遺伝性乳がん卵巣がん)の診療に大きな進展がありました。これまで自費でしか受けられなかった血縁者のBRCA1/2遺伝学的検査が、保険適用になったのです。

さらに4月20日には、検査陽性の血縁者が予防的な手術を保険で受けられることも明確化されました。

この記事では、

  • 何が変わったのか
  • 誰が対象になるのか
  • どこで受けられるのか
  • 残る課題は何か

を、患者さん・ご家族向けに整理します。


1. そもそもHBOC(遺伝性乳がん卵巣がん)とは

ご本人や血縁者の中に、若年での乳がん・卵巣がん・膵がん・前立腺がんが複数ある場合、**BRCA1またはBRCA2という遺伝子に生まれつきの変化(病的バリアント)**があることが原因のひとつです。

これを**HBOC(Hereditary Breast and Ovarian Cancer)**と呼びます。

遺伝子の状態 乳がんの生涯リスク(海外データ目安)
一般集団 約9%
BRCA1陽性 約65〜72%
BRCA2陽性 約45〜69%

一般集団のおよそ5〜8倍のリスクですが、「必ずなる」わけではありません。リスクを知ったうえで、サーベイランス(定期的な検査)予防的な手術といった対策を選べる——それがHBOC診療の意義です。

→ HBOCの基本は乳がんと遺伝(HBOCの基本)もご参照ください。


2. 2026年4月、何が変わったのか

改定前:自費だった

これまで、未発症の血縁者(両親・子・兄弟姉妹)がBRCA1/2の検査を受けるには、全額自費でした。費用負担を理由に、検査をあきらめるご家族が少なくなかったのです。

改定後:保険適用に

2026年4月の診療報酬改定で、HBOC患者の血縁者(両親・子・兄弟姉妹)のBRCA1/2遺伝学的検査が保険適用になりました。

これは、HBOC診療に関わってきた多くの医師にとって**「悲願」**ともいえる前進です。

💡 厚生労働省の従来の考え方は「発症していない人は病気ではない」というものでした。今回、**「未発症であっても遺伝学的なバックグラウンドを持つことは医療の対象になる」**という新しい考え方が認められた、と解釈できます。


3. 「血縁者」とは誰のことか

保険適用される血縁者の範囲は:

範囲 該当する人
第1度近親者 両親・子・兄弟姉妹

→ おじ・おば・いとこ・祖父母・孫などは、この改定では対象に含まれていません(今後の課題)。

ただし、血縁者の方が陽性と分かれば、さらにその先のご家族へと検査の輪が広がっていく可能性はあります。


4. 4月20日の追加:陽性なら予防手術も保険適用

2026年4月20日に厚生労働省から出された通達(疑義解釈)で、もうひとつ大きな前進がありました。

血縁者がBRCA1/2検査で陽性となった場合、以下の予防的手術も保険算定が可能

  • K475:予防的乳房切除術
  • K888:両側卵巣卵管摘出術

つまり、血縁者が陽性→予防的な乳房切除や卵巣卵管摘出を保険で受けられるようになったということです。

これは「検査だけ保険、その後の対処は自費」という従来の壁を一部突き破った、非常に大きな変化です。


5. ⚠️ それでも残る課題:サーベイランスは依然として自費

ここまでは前向きな話ですが、残された課題もあります。

内容 2026年5月現在の保険適用
血縁者のBRCA1/2検査 ✅ 保険適用
陽性者の予防的乳房切除 ✅ 保険適用
陽性者の両側卵巣卵管摘出 ✅ 保険適用
未発症陽性者のサーベイランス(定期的なMRI・エコー等) 依然として自費

つまり、

「検査は受けた → 陽性だった → でも年に1回のMRIは自費(数万円)かかる」

——という状況が起こりえます。検査の先のフォローまで含めた保険適用拡大が、次の課題として残っています。


6. 検査を受ける前に「遺伝カウンセリング」を

保険適用になったからといって、いきなり検査を受けるのはおすすめできません。BRCA1/2の検査は「結果が出た後の人生にどう影響するか」を、事前にしっかり考えることが大切です。

遺伝カウンセリングで一緒に考えること

  • 結果が陽性だった場合、自分はどう動くか(サーベイランス/予防的手術/何もしない)
  • 結果を他の家族にどう伝えるか(伝えない選択肢も含めて)
  • 子どもや孫に何歳から伝えるか
  • 結果を知ったときの心の準備

これらは医師だけでなく、認定遺伝カウンセラーと一緒に考える領域です。

遺伝カウンセリングの体制

  • 全国のがんゲノム医療中核拠点病院・拠点病院・連携病院に整備が進んでいます
  • ご自身が通っている病院に遺伝外来がない場合は、主治医に「HBOC検査を受けたい」と相談すれば連携先を紹介してもらえます

7. 自費・直販の遺伝子検査について(再掲)

最近、医療機関を介さずにインターネットや郵送で受けられる遺伝子検査が増えています。BRCA1/2を含むものもあります。

しかし、HBOCの遺伝子検査は「結果が出た後にどうするか」が最も重要です。

検査だけ受けて結果を一人で抱える——これが最もつらい状況になります。

医療機関を通した検査・カウンセリングを強くおすすめします。


8. 実際の流れ

ご家族が乳がん・卵巣がん等で、HBOCと診断されている場合

  1. そのご家族(HBOC陽性者)の主治医に、「自分も検査を受けたい」と伝える
  2. 遺伝外来・遺伝カウンセラーの予約を取ってもらう(連携病院の紹介)
  3. 遺伝カウンセリングで説明を受け、検査を受けるか決める
  4. 検査(採血)→ 結果説明(通常2〜3週間)
  5. 結果に応じて、サーベイランスや予防的手術を相談

ご家族にHBOCの診断はないが、家族歴が心配な場合

  1. 主治医またはがん相談支援センターに相談
  2. HBOCの可能性が高いと判断されれば、遺伝外来へ紹介
  3. 以降は上記と同じ

9. まとめ

ポイント 内容
2026年4月の変化 HBOC血縁者(両親・子・兄弟姉妹)のBRCA1/2検査が保険適用
4月20日の追加 血縁者陽性で予防的乳房切除・両側卵巣卵管摘出も保険算定可
対象範囲 第1度近親者まで(おじ・おば・いとこは対象外)
残る課題 未発症陽性者のサーベイランスは依然として自費
大事な前提 検査前に必ず遺伝カウンセリング
検査を受ける窓口 HBOC陽性のご家族の主治医/がん相談支援センター

これまで経済的な理由でBRCA1/2検査をあきらめていたご家族にとって、2026年の保険改定は本当に大きな一歩です。

一方で、検査を受けるかどうかは、ご本人と家族の意思です。「保険になったから受けるべき」というプレッシャーを感じる必要はありません。

迷ったとき、不安なときは、まず主治医・がん相談支援センター・遺伝カウンセラーに相談してみてください。一人で抱え込まないことが、HBOCと向き合う第一歩です。


※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療方針を示すものではありません。具体的な検査・治療の判断は、必ず主治医にご相談ください。本記事は2026年5月時点の情報に基づいています。

参照

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筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。