「最近、乳がんの薬物治療は個別化が進んでいる」——よく耳にする言葉ですが、具体的に何がどう変わっているのかは、患者さんやご家族からするとイメージしにくい部分かもしれません。

この記事では、2026年の乳がん早期治療(手術前後の薬物療法)で今起きている変化を、**「なぜ個別化が必要なのか」「どんな技術で個別化しているのか」**を中心に、患者さん・ご家族向けに整理します。


1. 個別化が必要な理由——「同じ乳がん」でも全く違う

ひとくちに「乳がん」と言っても、実際には性質の異なる病気の集まりです。主な分類は以下の4つです。

サブタイプ 特徴 主な治療
ホルモン受容体陽性(Luminal型) 女性ホルモンに反応して増える。最多 内分泌療法(ホルモン療法)が中心
HER2陽性 HER2という増殖因子が多い 抗HER2薬(トラスツズマブ等)が著効
トリプルネガティブ ホルモン受容体(エストロゲン受容体・プロゲステロン受容体)とHER2受容体の3つが陰性 化学療法+免疫療法が中心
ホルモン受容体陽性かつHER2陽性 両方の性質 両方を組み合わせる

→ サブタイプによって、効く薬・効かない薬・予後がまったく違います。「乳がんの治療」と一括りにできない理由がここにあります。


2. 大きな潮流:「術前で反応を見て、術後を決める」

従来、薬物療法は**「術前に行うか・術後に行うか」**で議論されてきました。どちらでも予後は同等と考えられていたためです。

しかし、近年は考え方が変わりました。

術前に薬物療法をして、薬がどれだけ効いたか(=病気がどれだけ消えたか)を見てから、術後の治療を強くしたり弱くしたりする

このアプローチを「レスポンスガイド(治療反応性に基づく個別化)」と呼びます。

具体的には:

術前治療の結果 術後の方針
病気が完全に消えた(pCR) 術後治療を弱めて副作用を減らす選択肢
病気が残った(non-pCR) 術後治療を強めて再発リスクを下げる選択肢

→ ひと昔前は「全員に同じ治療」、今は「一人ひとりの薬の効き方を見て決める」へ進化しています。

そのため、HER2陽性とトリプルネガティブの早期乳がんでは、ステージ1の一部を除いて、ほぼ全例で術前薬物療法が推奨されるようになってきました。


3. 大きな変化①:ホルモン受容体「弱陽性」の扱い

ここ数年で最も大きな考え方の変更のひとつが、ホルモン受容体「弱陽性」(エストロゲン受容体の発現が1〜9%)の扱いです。

従来 現在
Luminal(ホルモン受容体陽性)として扱う トリプルネガティブに近いとして扱う
内分泌療法中心 免疫療法+化学療法(KEYNOTE-522レジメン)の対象に

→ なぜなら、弱陽性の場合はホルモン療法が効きにくく、予後もトリプルネガティブに近いことが分かってきたためです。免疫療法(ペムブロリズマブ)を加えることで治療効果が高まることが報告され、世界的にこの方針に変わりつつあります。

もし以前「ホルモン受容体陽性」と言われていた方で、ER 1-9%の弱陽性に該当する場合、今は治療方針が変わっている可能性があります。気になる方は主治医に確認してみてください。


4. 大きな変化②:多遺伝子アッセイの活用

ホルモン受容体陽性の早期乳がんでは、術後に化学療法(抗がん剤)を追加するかどうかの判断が悩ましいケースが多くあります。

そこで使われるのが多遺伝子アッセイ——腫瘍の遺伝子発現パターンを調べて、化学療法の必要性を予測する検査です。

検査名 対象
Oncotype DX ホルモン受容体陽性/HER2陰性/リンパ節転移なし(または一部あり)
HER2DX(欧州で実装中) HER2陽性早期乳がん

例えばOncotype DXでは、結果(再発スコア)が低ければ化学療法は不要、高ければ化学療法の上乗せ効果が期待できる——という形で判断材料になります。

ただし:

  • 日本での十分なエビデンスはまだ蓄積中
  • 保険適用は限定的な範囲
  • 結果だけで自動的に治療が決まるわけではなく、他の臨床情報と合わせて総合判断

——という前提があります。


5. 大きな変化③:トリプルネガティブと免疫療法

トリプルネガティブ乳がんは、以前は「予後が悪く、化学療法しか選択肢がない」とされていました。

ここに大きな変化をもたらしたのがKEYNOTE-522レジメン(術前化学療法+ペムブロリズマブという免疫療法を組み合わせる治療)です。

  • ステージ2以上のトリプルネガティブ乳がんが対象
  • 術前にこのレジメンを行い、pCR(病気が完全に消える)の割合が高まることが示された
  • 術後もペムブロリズマブを継続することで再発を抑える

→ ただし、免疫療法には不可逆的で重篤な副作用が出ることがあり、誰にそれが起こるかを事前に予測できないという課題も残っています。

また、術後の検査で病気が残っていた(non-pCR)方には、新しい薬剤(抗体薬物複合体=ADC など)を加える治療開発が世界中で進行中です。


6. これから注目される技術

今後、個別化をさらに進めるカギになるのが以下の技術です。

技術 何を見るか
多遺伝子アッセイ(HER2DXなど) 腫瘍の遺伝子発現パターンから治療反応・予後を予測
TIL(腫瘍内浸潤リンパ球) 腫瘍に免疫細胞がどれだけ入り込んでいるか=免疫療法の効きやすさの指標
ctDNA(血液中の腫瘍由来DNA) 治療後の「目に見えない残存病変」の早期検出

→ ctDNAについては別記事 MRD検査とctDNA——血液で再発の芽を捉える研究の現在地 でも解説しています。


7. ⚠️ 「個別化」が進むほど大切になること

治療が個別化されればされるほど、患者さんに以下が求められるようになります。

① 自分の乳がんのサブタイプを知っておく

病理結果(ER・PgR・HER2・Ki-67・サブタイプ)は、必ず確認しておきましょう。

② 「全員に同じ治療」ではないことを理解する

ネットや本で見た「乳がんの治療」が、ご自身に当てはまるとは限りません。

③ 主治医とのコミュニケーションを大切に

個別化が進むほど、説明事項も増え、選択肢も増えます。分からないことは遠慮なく質問しましょう。

④ セカンドオピニオンも選択肢

治療方針に迷ったら、別の医師に意見を聞くのも自然なことです。 (参考:セカンドオピニオンの活用

⑤ 治療の目的を医師と共有する

仕事・家庭・趣味——治療しながら大切にしたいものを医師に伝えましょう。それが治療選択の重要な手がかりになります。


8. まとめ

ポイント 内容
個別化の理由 「乳がん」はサブタイプで全く違う病気の集まりだから
最大の潮流 術前治療の効きを見て術後を決める「レスポンスガイド」へ
変化① ER弱陽性はトリプルネガティブに近い扱いへ
変化② 多遺伝子アッセイで化学療法の要否を判断
変化③ トリプルネガティブに免疫療法が加わった
今後 ctDNA・TIL・多遺伝子アッセイのさらなる活用
患者さんに大切なこと サブタイプを知る/選択肢を理解する/主治医と対話する

乳がんの治療は、ここ10年で本当に大きく変わりました。選択肢が増えるということは、自分に合った治療を選びやすくなるということでもあります。

一方で、複雑になった分、患者さんとご家族が「何を選んでいるのか」を理解しにくい場面も増えています。疑問は遠慮なく主治医に迷ったらセカンドオピニオンも視野に——これからの個別化医療の時代を、納得して進んでいくための姿勢だと思います。


※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療方針を示すものではありません。具体的な治療の判断は、必ず主治医にご相談ください。本記事は2026年5月時点の情報に基づいています。

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参照


筆者:田舎の県庁所在地に住む医師。外科学会専門医・乳癌学会認定医。現在は乳がんの検診・診断と緩和ケアを専門に担当。医師になって20年。